宇宙の形を考えるとき、丸い球のような姿を思い浮かべることがあります。一方で、宇宙は「平坦に近い」とも説明されます。
この二つが同時に語られるのは、宇宙論でいう「形」が、外から見た輪郭ではなく、空間そのものの曲がり方やつながり方を指すためです。
宇宙の形とは、空間の中で距離や角度がどのような規則に従い、全体がどのようにつながっているかを表します。
現在の観測では、私たちに光が届く範囲の空間は、曲率がゼロに非常に近いと分かっています。ただし、宇宙全体が有限か無限か、どのようなつながり方を持つかは、曲率だけでは決まりません。
宇宙の「形」とは何を指すのか
距離と角度から空間の形を調べる
宇宙の形は、遠方天体までの距離、見かけの角度、光が進んできた経路などから調べます。
空間の曲がり方が変わると、同じ大きさの物体でも見える角度が変化します。平行に進む光の道筋や、大きな三角形の内角の和にも違いが現れます。
遠方の標準的な大きさを持つ構造が、空にどの程度の角度で見えるかを測ることで、空間の曲率を調べられます。
説明では、球面・平面・サドル面といった2次元の図がよく使われます。これらは、3次元空間の曲率を視覚的に理解するための補助模型です。
曲率と位相が表すもの
宇宙の形を考えるときは、曲率と位相を分ける必要があります。
曲率は、大きなスケールで空間がどのように曲がっているかを表します。大きな三角形の内角の和や、平行に進む線の振る舞いに違いが現れます。
位相は、空間全体がどのようにつながっているかを表します。どこまでも続くのか、向かい合う方向がつながっているのかといった性質です。
曲率は空間の曲がり方、位相は空間全体のつながり方を表します。宇宙の有限・無限を考えるには、両方を分けて見る必要があります。
| 性質 | 何を表すか | 例 |
|---|---|---|
| 曲率 | 大規模な空間の曲がり方 | 正・ゼロ・負 |
| 位相 | 空間全体のつながり方 | 無限空間、3次元トーラスなど |
| 大きさ | 空間が有限か無限か | 観測から制限中 |
| 境界 | 物理的な端の有無 | 有限で境界のない空間が可能 |
宇宙の曲率には3つの基本形がある
空間の曲率は、正の曲率、曲率ゼロ、負の曲率の三つに分けられます。
曲率によって、平行に進む線の振る舞いや、大きな三角形の内角の和が変わります。
正の曲率を持つ空間
正の曲率は、2次元では球面を使うとイメージしやすくなります。
球面上では、同じ向きに進み始めた二本の線がやがて近づき、交わります。大きな三角形の内角の和は180度より大きくなります。
単純な正曲率モデルでは、空間は有限の体積を持ちながら、物理的な境界を持ちません。
「閉じた宇宙」は、有限で境界のない空間を表します。
正の曲率を持つ宇宙が将来収縮するかどうかは、曲率だけでなく、物質やダークエネルギーの性質にも左右されます。宇宙膨張の未来については、ダークエネルギーと宇宙の未来で扱っています。
曲率ゼロの平坦な空間
曲率がゼロの空間は、学校で習うユークリッド幾何学に従います。
平行線は平行のまま進み、大きな三角形の内角の和は180度になります。
もっとも単純な例は、どこまでも続く無限空間です。一方、端と端がつながった3次元トーラスのように、平坦で有限な空間も数学的に成り立ちます。
平坦とは、3次元空間の曲率がゼロに近く、距離と角度がユークリッド幾何に従うことを意味します。
負の曲率を持つ空間
負の曲率は、2次元ではサドル面を使って表されます。
同じ向きに進み始めた線は次第に離れ、大きな三角形の内角の和は180度より小さくなります。
単純な負曲率モデルは無限に広がりますが、数学的には有限の負曲率空間も構成できます。
負の曲率は、平行線が離れ、大きな三角形の内角和が180度より小さくなる空間の幾何を表します。
| 曲率 | 2次元の補助模型 | 三角形の内角和 | 有限・無限 |
|---|---|---|---|
| 正 | 球面 | 180度より大きい | 単純モデルでは有限 |
| ゼロ | 平面 | 180度 | 有限・無限の両方が可能 |
| 負 | サドル面 | 180度より小さい | 有限・無限の両方が可能 |
宇宙の曲がり方はどうやって測るのか
空間の曲率は、実際の大きさが分かっている構造が、遠方でどの程度の角度に見えるかを調べて測定します。
宇宙規模の三角形を測る考え方
実際の大きさが分かっている物差しを遠方に置き、その見かけの角度を測ると、空間曲率の影響が分かります。
平坦な空間では予測どおりの角度に見えます。正の曲率では同じ物差しが大きく、負の曲率では小さく見えます。
天文学では、遠方の天体や初期宇宙の構造を使い、角度と距離の関係を測定します。
CMBの音響ピークを物差しにする
曲率測定の重要な物差しが、宇宙背景放射(CMB)に刻まれた音響スケールです。
初期宇宙は高温のプラズマで満たされ、密度と圧力の振動が音波のように伝わっていました。
宇宙誕生から約38万年後、光が物質から離れて自由に進み始めた時点で、それまでに音波が伝わった距離が特徴的な大きさとしてCMBに残りました。
CMBの温度ゆらぎに現れる音響ピークの角度位置を測ることで、空間の曲率を調べます。
正の曲率では特徴的なスケールが大きな角度に、負の曲率では小さな角度に見えます。観測されたピーク位置を理論予測と比較することで、曲率を制限できます。
CMBの成り立ちや温度ゆらぎの意味については、宇宙背景放射の成り立ちと観測史で詳しく扱っています。
BAOとの組み合わせで曲率を絞る
初期宇宙の音響振動は、後の時代の銀河分布にも特徴的な距離として残っています。これがバリオン音響振動(BAO)です。
CMBは宇宙誕生から約38万年後、BAOはその後の銀河分布を使うため、異なる時代の標準物差しとして働きます。
CMBだけでは、曲率とほかの宇宙論パラメータの組み合わせによって、似た観測結果が生じる場合があります。これを縮退と呼びます。
CMBとBAOを組み合わせることで縮退を解き、空間曲率をより精密に絞り込めます。
現在の観測では宇宙はほぼ平坦
PlanckとBAOが示した曲率
曲率の大きさは、ΩK(オメガK)という量で表します。
ΩKがゼロなら平坦、正なら負の曲率、負なら正の曲率に対応します。
PlanckのCMB観測とBAOを組み合わせた解析では、ΩK = 0.0007 ± 0.0019という結果が得られました。
観測結果は、ΩKがゼロに非常に近く、観測可能な範囲の空間がほぼ平坦であることとよく整合しています。
観測誤差の中に残る小さな曲率
現在の観測は曲率をゼロ近くまで絞っていますが、非常に弱い正または負の曲率は観測誤差の中に残ります。
巨大な球面のごく一部が平らに見えるように、曲率半径が観測可能な宇宙よりはるかに大きければ、私たちの見える範囲では平坦に近く見えます。
現在の観測が示すのは、観測可能な範囲の曲率がゼロに非常に近いことです。
観測可能な宇宙と宇宙全体
曲率を測定できるのは、光や情報が私たちへ届く範囲です。この範囲を観測可能な宇宙と呼びます。
現在の観測可能な宇宙の直径は、約930億光年と見積もられています。
この範囲の曲率を測ることで、私たちの周囲の空間幾何を調べられます。宇宙全体の大きさや位相は、さらに広い範囲についての問題です。
観測可能な宇宙の大きさについては、観測可能な宇宙の境界とその大きさで詳しく扱っています。
平坦な空間の有限・無限
曲率ゼロの平坦な空間には、無限に続く場合と、有限の体積を持つ場合があります。
曲率ゼロでも有限になり得る
平らな面の向かい合う端どうしをつなぐ場面を考えます。
右端から進むと左端へ戻り、上端から進むと下端へ戻るようにつなぐと、面は平坦なまま有限になります。
これを3次元へ広げた空間が、3次元トーラスです。
三方向の向かい合う面がつながり、空間は平坦な曲率と有限の体積を持ちます。
3次元トーラスでは、一方向へ進み続けると、つながった空間を通って元の場所へ戻る可能性があります。
ドーナツの図は、端と端がつながる位相を2次元で表した模型です。実際の3次元トーラスは、三方向の空間が周期的につながる形として記述されます。
境界を持たない有限空間
有限で境界のない空間は、数学的に成り立ちます。
地球表面は、面積が有限でありながら縁を持たない2次元の例です。3次元空間にも、有限の体積と境界のない構造を持つモデルがあります。
こうした空間の性質は、より高い次元の外側を必要とせず、空間内部の距離とつながり方だけで記述できます。
宇宙の外側をめぐる考えについては、宇宙の外側という問いで扱っています。
位相から宇宙全体の大きさを探る
宇宙が有限か無限かを調べるには、空間全体のつながり方を示す観測的な痕跡が必要です。
有限な宇宙でも、基本となる領域が観測可能な宇宙より大きければ、つながりの痕跡は見える範囲に現れません。
現在の観測は、宇宙全体の有限・無限を決めるところまでは届いていません。
宇宙のつながり方はどう調べるのか
同じ天体が複数の方向に見える可能性
有限で複雑につながった宇宙では、同じ天体から出た光が複数の経路を通って届く場合があります。
その場合、同じ天体が空の異なる方向に見える可能性があります。
光が通る距離によって到着時刻が変わるため、それぞれの像は天体の異なる時代を伝えることがあります。
現在は、宇宙の位相を決定できる複数像の探索が続いています。
CMBの「一致する円」を探す
有限な空間のつながり方によっては、観測可能な宇宙が自分自身と重なります。
その場合、CMBの全天マップに、同じ温度パターンを持つ円が別々の方向に対となって現れる可能性があります。
Planckなどのデータを使い、この一致する円が探索されました。
Planckの探索は、観測可能な宇宙より小さい一部の単純なコンパクト位相を強く制限しました。
一致する円の探索で分かること
一致する円が観測される範囲は、宇宙の基本領域の大きさや向きによって変わります。
基本領域が観測可能な宇宙より大きい場合、対応する円は私たちの見える範囲に現れません。
そのため現在の結果は、観測範囲より小さい特定の位相モデルを制限するものです。
宇宙全体の位相を調べるには、より高精度なCMB観測や大規模構造の測定が必要です。
インフレーションは宇宙を平坦にしたのか
急膨張で曲率の影響が小さくなる
観測可能な宇宙が非常に平坦に近い理由を説明する有力な考えが、初期宇宙のインフレーションです。
大きな球面の一部を拡大すると平らに見えるように、空間が急激に引き伸ばされると、観測範囲に対する曲率の影響は小さくなります。
インフレーションは、ごく初期の急膨張によって曲率を非常に小さくし、現在の宇宙が平坦に近い理由を説明します。
インフレーションは曲率の影響を小さくしますが、残る曲率の大きさと空間全体の位相は観測から調べます。
観測からインフレーション模型を絞る
インフレーションの一般的な予測は、宇宙の平坦性や初期ゆらぎの性質とよく整合します。
一方、急膨張を起こした場、継続時間、再加熱、原始重力波の強さなどは模型ごとに異なります。
原始重力波やCMB偏光の観測は、模型の候補を絞り込む手がかりになります。
インフレーションが解決しようとした問題と観測の現状は、インフレーション理論が解決しようとした問題で整理しています。
観測・モデル・宇宙全体を分ける
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 直接観測するもの | CMB、BAO、銀河分布、宇宙膨張 |
| 観測から分かること | 観測可能な範囲の曲率はゼロに非常に近い |
| 標準モデル | 平坦なΛCDMモデルとよく整合 |
| 観測から強く制限 | 観測範囲より小さい一部の単純なコンパクト位相 |
| 研究が続く課題 | 厳密な曲率、有限・無限、宇宙全体の位相 |
観測から分かっているのは、私たちに光が届く範囲の空間が非常に平坦に近いことです。
宇宙全体の大きさやつながり方は、曲率測定、一致する円、大規模構造などから引き続き調べられています。
宇宙の形についてよくある疑問
宇宙は球体ですか?
宇宙論では、宇宙の形を空間の曲率と位相で表します。観測可能な範囲の曲率は、ゼロに非常に近いと測定されています。球面の図は、正の曲率を理解するための2次元模型です。
宇宙が平らとはどういう意味ですか?
3次元空間の曲率がゼロに近いことを意味します。平行線は平行のまま進み、大きな三角形の内角の和は180度になります。
平坦な宇宙は無限ですか?
平坦な空間には、無限に続く場合と、向かい合う方向がつながった有限の場合があります。3次元トーラスは、平坦で有限な空間の代表例です。
宇宙が有限なら端や外側がありますか?
有限で境界を持たない空間が数学的に成り立ちます。地球表面は、その性質を2次元で示す例です。3次元空間にも、有限の体積と境界のない構造を持つモデルがあります。
宇宙はドーナツ型なのですか?
ドーナツの図は、端と端がつながる位相を2次元で表した模型です。3次元トーラスでは、三方向の向かい合う面がつながります。実際の宇宙の位相は、CMBや大規模構造の観測から調べられています。
まとめ
宇宙の形とは、空間の曲率と、空間全体のつながり方を表す位相のことです。
曲率には正・ゼロ・負の三つがあり、平行線の進み方や、大きな三角形の内角の和に違いが現れます。
CMBの音響ピークとBAOを組み合わせた観測では、観測可能な範囲の曲率はゼロに非常に近く、平坦なΛCDMモデルとよく整合しています。
平坦な空間には、無限に続く場合と、3次元トーラスのように有限の体積を持つ場合があります。
CMBの一致する円や、同一天体の複数像を探す観測は、宇宙のつながり方を調べる手がかりになります。現在は、観測範囲より小さい一部の単純なコンパクト位相が強く制限されています。
インフレーションは、初期宇宙の急膨張によって曲率の影響を小さくし、現在の宇宙が平坦に近い理由を説明します。
観測で分かっているのは、私たちに見える範囲の空間が非常に平坦に近いことです。宇宙全体の有限・無限と位相は、今後の観測で絞り込む課題として残っています。
参考情報
記事の作成にあたり、以下の研究論文・研究機関の公開情報を参照しました。
- Planck Collaboration「Planck 2018 results. VI. Cosmological parameters」
PlanckとBAOを組み合わせた空間曲率の制限と、平坦なΛCDMモデルとの整合性の確認に使用。 - Planck Collaboration「Planck 2015 results. XVIII. Background geometry and topology of the Universe」
CMBの一致する円の探索と、コンパクトな位相に対する観測上の制限の確認に使用。 - ESA「Is the Universe finite or infinite?」
平坦な空間に、無限の場合と有限なトーラス型の場合があり得ることの確認に使用。 - Wayne Hu「A Flat Universe」
CMBの音響ピークの角度位置から空間曲率を測る仕組みの確認に使用。