銀河の三次元地図を広げると、銀河が密集した帯のあいだに、点がまばらな巨大領域が現れます。地図のうえでは穴のように見えますが、実際には銀河や物質の密度が周囲より低い領域です。
この低密度領域はボイドと呼ばれます。銀河が集まる場所があれば、その周囲では銀河が少ない場所も生まれます。なぜここまで大きな密度差が生まれたのか。銀河が少ない場所を調べると、宇宙の膨張や構造形成について何が分かるのか。ボイドは、宇宙の網目構造を理解するうえで欠かせない存在です。
宇宙のボイドとは何か
銀河が少ない巨大な低密度領域
ボイドは「何もない空間」と表現されることがあります。実際には、物質密度が宇宙平均より低い領域を指します。内部にも銀河やガス、ダークマターがあり、その量が周囲より少なくなっています。
ボイドの境界は、銀河や物質の密度がどこから低くなるかを基準に決められます。形はきれいな球ではなく、不規則に伸びているものが多く、大きさも数千万光年から数億光年まで幅があります。
同じ銀河分布を使っても、観測方法や検出アルゴリズムによって、ボイドの数や大きさは変わります。ボイドの大きさは、自然界に一本だけ存在する境界線を測るのではなく、低密度領域をどの基準で区切るかによって決まります。

数値シミュレーションが描いたコズミックウェブ。明るい筋が銀河の集まるフィラメント、その間の暗い部分が低密度のボイドにあたる。実際の宇宙を撮影した写真ではなく、物質が重力によって集まる過程を計算で再現した結果である。
出典:Volker Springel / Max Planck Institute for Astrophysics(CC BY-SA 4.0)| Wikimedia Commons
コズミックウェブの隙間に見える
銀河は宇宙に均等に分布していません。多くの銀河が集まって銀河団をつくり、銀河団どうしはフィラメントと呼ばれる細長い構造でつながっています。フィラメントが交わる場所には、さらに大きな密集構造が育ちます。
その一方で、フィラメントに囲まれた場所には、銀河の乏しい広い領域が残ります。銀河団、壁、フィラメント、ボイドが網の目のようにつながった全体像を、宇宙の大規模構造、またはコズミックウェブと呼びます。
ボイドは、コズミックウェブを形づくる一部です。銀河が密集した構造と低密度領域は、同じ宇宙のなかで隣り合いながら成長してきました。
見えないボイドをどうやって見つけるのか
銀河の位置と赤方偏移から三次元地図を作る
夜空の写真は、手前と奥の銀河が重なって見える二次元の像です。ボイドは奥行きを持つ構造なので、銀河までの距離を加えた三次元地図を作る必要があります。
遠方銀河から届く光は、宇宙膨張の影響で波長が引き伸ばされ、赤い側へずれます。この赤方偏移と宇宙膨張モデルを組み合わせることで、銀河までのおおよその距離を見積もれます。
近くの銀河では、宇宙膨張とは別の固有運動も測定値に影響します。それでも、銀河の方向と距離を大量に集めれば、宇宙空間の三次元地図を作れます。何十万もの銀河を並べると、銀河が密集した筋と、点がまばらな低密度領域が立体的に浮かび上がります。
SDSS(スローン・デジタル・スカイサーベイ)や2dF銀河赤方偏移サーベイは、こうした地図づくりによって宇宙の大規模構造を描き出した代表的な観測です。

2dF銀河赤方偏移サーベイが描いた銀河の分布。扇の要にあたる中央が地球で、外へ向かうほど遠い銀河を示す。点が密に集まる筋がフィラメント、点がまばらな部分が低密度領域にあたる。外縁ほど暗いのは、遠くの暗い銀河を観測しきれないことも影響している。
出典:Willem Schaap(CC BY-SA 3.0)| Wikimedia Commons
分布図からボイドを見分ける方法
銀河分布図で点が少ない場所には、実際に密度が低い領域だけでなく、観測範囲や明るさの限界によって銀河が記録されていない場所も含まれます。
サーベイには、観測できる範囲や明るさの下限があります。遠くて暗い銀河は記録されにくく、どの種類の銀河を対象にするかによっても、地図に現れる構造は変わります。
そこで、低密度領域を機械的に拾い出すボイド検出アルゴリズムが使われます。代表的な方法では、銀河の分布を地形に見立て、谷にあたる場所を一つずつ囲い込みます。
ボイドの数や大きさは、使うアルゴリズムやしきい値によって変わります。分布図の暗い部分だけを見るのではなく、観測限界と検出方法を合わせて判断する必要があります。
ブーツ・ボイドという代表的な巨大ボイド
低密度領域は1970年代の赤方偏移サーベイですでに見つかっていました。そのなかでもよく知られるのが、1981年にカーシュナーらが観測した、うしかい座方向のブーツ・ボイドです。
差し渡しは約3億光年に及び、内部の密度は宇宙平均のおよそ3分の1から6分の1と見積もられています。発見当初は銀河が非常に少ない領域として注目され、その後の追観測によって内部にも銀河が見つかりました。
1990年代半ばまでに約60個が報告されており、周囲より銀河が著しく少ない一方で、内部にも銀河が存在することが分かっています。ブーツ・ボイドは、最初期に注目された巨大ボイドの一つです。
ボイドはどのように形成されたのか
初期宇宙の小さな密度差が始まり
ビッグバン直後の宇宙は、大きなスケールで見ると物質がほぼ一様に広がっていました。そのなかには、場所ごとのわずかな密度差、いわゆる密度ゆらぎがありました。
初期宇宙の密度ゆらぎが、銀河やフィラメント、ボイドへ成長する出発点です。
このゆらぎは、宇宙背景放射の温度差として観測されています。宇宙誕生から約38万年後の光には、ごく小さな温度のムラが刻まれており、その分布は当時の密度差と対応しています。
後に銀河や銀河団へ成長した高密度領域も、ボイドへ成長した低密度領域も、この小さな差から始まりました。
初期宇宙にあったわずかな密度差は、重力によって時間とともに拡大した。物質が高密度領域へ集まる一方、低密度領域では物質が少なくなり、フィラメントとボイドが形成された。
※ボイド形成の流れを簡略化したMystery Labo独自図解です。
重力によって密度差が大きくなった
小さな密度差を大きく育てたのが重力です。周囲より少し密度の高い場所は、その分だけ強く物質を引き寄せます。物質が集まるほど密度は上がり、さらに多くの物質が集まります。
この繰り返しによって、高密度側には銀河団やフィラメントが成長しました。一方、もともと密度が低かった場所では、物質が周囲の高密度領域へ移動していきます。
物質が高密度側へ集まることで、低密度側では物質がさらに少なくなり、ボイドが成長しました。
ボイドは、銀河が外から弾き飛ばされて生まれた空洞ではなく、宇宙全体の物質分布が重力によって変化した結果です。
ボイド同士が成長・合体することもある
ボイドの成長は、一つの空洞が同じ形のまま広がるだけではありません。小さな低密度領域がそれぞれ成長し、隣り合うものどうしの境界が弱くなると、一つの大きなボイドとして扱われることがあります。
周囲の高密度構造によって、進化の仕方も変わります。数値シミュレーションでは、複数のボイドが合体する様子や、大きな構造に挟まれた小さなボイドが縮む様子も再現されています。
ダークエネルギーとの関係
ボイドの成長は、物質が周囲の高密度領域へ移動することで進みます。内部の物質密度が低いため、ボイドは宇宙平均より速く広がるように進化します。
ダークエネルギーは、ボイド内部から物質を押し出す力として働くのではなく、宇宙全体の膨張を通じてボイドの進化に影響します。
宇宙の加速膨張がどのように進んできたかによって、ボイドの大きさや個数、周囲の銀河の動きは変わります。そのため、ボイドの分布を調べることで、どの宇宙膨張モデルが観測に合うかを検証できます。
ボイドは、ダークエネルギーそのものを直接見る対象ではなく、宇宙膨張の歴史を間接的に調べる観測手段として使われています。
ボイドの中には何があるのか
ボイド内部にも物質は存在する
ボイドの内部には、少数の銀河、希薄なガス、ダークマターが存在します。さらに、宇宙背景放射などの光も通過しています。
ボイドは、物質が存在しない真空ではなく、周囲より物質密度が低い領域です。
ボイド内部にも少数の銀河、希薄なガス、ダークマターが存在する。周囲のフィラメントより物質密度は低いが、完全な真空ではない。
※ボイド内部の物質分布を簡略化したMystery Labo独自図解です。
ボイド銀河
ボイドの内部にある銀河は、ボイド銀河と呼ばれます。周囲に銀河が少ないため、銀河団の内部に比べて、ほかの銀河との重力的な相互作用が起こりにくい環境にあります。
この環境は、銀河の進化を調べるうえで重要です。銀河が密集した場所と低密度の場所を比べることで、周囲の環境が星形成や銀河の形にどのような影響を与えるかを調べられます。
ボイド銀河には、比較的孤立した環境で進化する傾向が見られます。一方で、年齢、形、星形成の活発さには幅があり、ボイド内でも多様な銀河が見つかっています。
観測が難しい物質も残っている
ボイドの内部には、暗くて検出しにくい矮小銀河や、薄く広がったガスが残っていると考えられています。現在の観測装置では、明るさや密度が低い対象ほど捉えるのが難しくなります。
光を出さず、重力を通じて存在が推定されるダークマターも、ボイド内部に分布していると考えられています。その量や広がりは、銀河の動きや重力レンズ効果などから間接的に調べられています。
現在の観測では、ボイドは宇宙の大規模構造に生じた低密度領域として説明されています。研究の焦点は、内部にどれだけの物質が残り、どのように分布しているかを詳しく測ることです。
ボイドを観測すると宇宙の何がわかるのか
ボイドは、銀河が少ない場所であると同時に、宇宙そのものを測る物差しでもあります。
ボイドの形、分布、周辺銀河の動きは、宇宙膨張や重力理論を検証する手がかりになります。
宇宙膨張と距離の測り方
一つひとつのボイドは不規則な形をしています。しかし、多数のボイドを重ね合わせて平均すると、統計的には丸い形に近づくと考えられています。
赤方偏移から距離へ変換するとき、採用した宇宙膨張モデルが実際の宇宙とずれていれば、奥行き方向の距離もずれます。その結果、平均したボイドは縦長や横長に見えます。
重ね合わせたボイドがどの程度丸く見えるかを調べることで、赤方偏移と角度を距離へ変換する方法が、実際の宇宙膨張と合っているかを検証できます。この方法はアルコック・パチンスキー効果と呼ばれます。
ボイドの見かけの形は、宇宙全体の形そのものを直接示すのではなく、距離変換に使った宇宙膨張モデルの妥当性を確かめる手がかりになります。
銀河の動きと構造成長
ボイドの周囲では、銀河が外側の高密度領域へ向かってゆっくり移動しています。その分布や速度を測ると、宇宙の物質が時間とともにどれだけ効率よく集まってきたかを調べられます。
この構造成長の速さは、重力の働き方を反映します。そのため、一般相対性理論が宇宙の大規模構造でも観測と合うか、別の重力理論が異なる予測を示すかを比較できます。
低密度環境では、修正重力モデルと標準理論の違いが現れやすい可能性が指摘されています。現在は、観測結果と標準的な重力理論がどの範囲で整合するかを確かめながら、別の理論に制限を加える研究が進んでいます。
ダークエネルギー研究
ボイドは、ダークエネルギーを調べる補助的な観測手段としても利用されています。
宇宙膨張の歴史を調べる方法には、超新星を使った距離測定、宇宙背景放射の解析、銀河分布に刻まれたバリオン音響振動などがあります。そこへボイドの形や分布を加えることで、異なる観測方法を組み合わせられます。
ボイドは、ダークエネルギーの正体を単独で決める観測対象ではなく、複数の測定をつなぐ補助的な手段です。検出方法や観測誤差を考慮しながら、ほかの観測結果と照合することで、宇宙膨張の歴史を絞り込めます。
ボイド研究でまだ分かっていないこと
境界をどこに置くか
ボイド研究の基本的な課題の一つが、境界の決め方です。ボイドの境界は、物質密度がどこから低くなるかを基準に、観測データとアルゴリズムによって定められます。
銀河分布から探す方法もあれば、ダークマター分布を使う方法もあります。しきい値やアルゴリズムが変われば、同じ領域でも大きさや個数が変わります。
ボイド研究では、異なる検出方法で得られた結果をどう比較するかが重要な課題です。
内部の物質分布
ボイド内部の物質分布も、細部まで描けているわけではありません。手がかりになる銀河の数が少なく、希薄なガスは検出が難しく、ダークマターは光を出しません。
そのため、背景銀河の像がボイドの重力によってわずかに変形する重力レンズ効果などを使い、内部の物質量を間接的に推定しています。観測データが増えるほど、ボイド内部の密度分布をより詳しく描けるようになります。
宇宙論の検証にどこまで使えるか
ボイドは有望な観測対象ですが、精密宇宙論に利用するには、境界の定義、銀河サンプルの選び方、観測誤差などを細かく管理する必要があります。
形成の大枠は標準宇宙論と整合しています。一方、高い精度で宇宙膨張や重力理論を比較するほど、検出方法の違いや系統誤差が結果に影響します。
この課題を前へ進めているのが、大量の銀河とボイドを統計的に扱える大規模サーベイです。アメリカのDESI(ダークエネルギー分光装置)や、欧州宇宙機関のユークリッド衛星は、膨大な銀河の三次元地図から多数のボイドを抽出し、宇宙膨張と構造成長の研究を進めています。
観測・理論・未解明を分けるとどうなるか
ボイドについて分かっていることには、観測で直接確認されている内容、理論と観測が一致している内容、研究手段として利用されている内容、今後さらに確かめる必要がある内容があります。
それぞれを根拠の種類ごとに分けると、現在の研究がどこまで進んでいるかが見えやすくなります。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 観測で確認されている | 銀河分布には巨大な低密度領域があり、コズミックウェブの一部を構成している |
| 理論と観測が整合している | 初期密度ゆらぎが重力によって成長し、物質が高密度側へ集まることでボイドが形成される |
| 研究手段として利用されている | ボイドの形、分布、周辺銀河の動きを、宇宙膨張や重力理論の検証に使う |
| 観測から絞り込み中 | ボイドの境界や分類方法、内部の物質分布、精密宇宙論へどこまで利用できるか |
| 現在の観測で支持されていない | 別宇宙への入口、未知の生命体の領域、未来へ進む空間といった主張 |
宇宙のボイドについてよくある疑問
ボイドは完全な真空ですか?
ボイド内部にも少数の銀河、希薄なガス、ダークマターがあります。宇宙平均より物質密度が低い領域で、文字どおり何もない空間ではありません。
ボイドの中にも銀河はありますか?
あります。ボイド銀河と呼ばれ、低密度環境で進化する銀河として研究されています。うしかい座のブーツ・ボイドでも、約60個の銀河が報告されています。
ボイドは宇宙に開いた穴ですか?
ボイドは、コズミックウェブのなかにある低密度領域です。周囲のフィラメントより物質が少なく、観測データと検出アルゴリズムによって境界が定められます。
ボイドを調べるとダークエネルギーの正体がわかりますか?
ボイドの形や分布は、宇宙膨張の歴史を調べる手がかりになります。超新星、宇宙背景放射、バリオン音響振動などの観測と組み合わせることで、ダークエネルギーの性質を絞り込む研究に使われています。
まとめ
ボイドは、銀河の三次元地図に現れる広大な低密度領域です。内部にも少数の銀河、希薄なガス、ダークマターがあり、銀河団やフィラメントとともにコズミックウェブを形づくっています。
その出発点は、初期宇宙にあったわずかな密度ゆらぎです。重力によって物質が高密度側へ集まると、低密度側では物質がさらに少なくなり、時間とともにボイドが成長しました。
銀河が少ない場所を調べることで、宇宙膨張、構造成長、重力の働き方を検証できます。ボイドの形や周辺銀河の動きは、ダークエネルギーや重力理論を調べるための重要な観測材料です。
現在は、境界の定め方、内部の物質分布、精密宇宙論へどこまで利用できるかを絞り込む研究が進んでいます。ボイドは、形成の大枠が説明されている一方で、宇宙の膨張と大規模構造をさらに詳しく測るための研究対象として注目されています。